~いざ、美しき軽井沢の森へ~

もうひとつの春の色

もうひとつの春の色

春が近づくと、
山がうっすらと赤く染まります。
これを春紅葉と呼ぶそうです。

その正体は、
冬の間中、樹木の芽を守っていた芽鱗の色。
徐々に赤味を増して、
芽吹き間近になると最もその色が濃くなるとか。
この時期、
森の中の落葉樹の樹冠が
ぼおっと赤く煙ったように見えるのもそのせいです。

春の色、と聞いて思い描く情景は、
何をさておいても満開の桜でしょうか。
山村暮鳥の「風景」という詩で詠っているような菜の花畑も
春ならではの絵です。
レンゲやスミレで覆われた林床も、
パンジーやムスカリの寄せ植えが彩る窓辺も、
どれもが優しい春の主役たちです。

でも……、
昨年の秋に、ここ軽井沢の森の中に移り住んで、
厳寒の冬を越し、
はじめての芽吹きの時期を迎えて、
わたしは、もうひとつの春の色を知りました。
それは、芽生えの頃の森の色です。

この頃になると、
森の中の樹木たちは、
深い冬眠から目覚めて、
急激に地下から水を吸いあげます。
早く、早く、と、
樹木たちは競い合うようにして、
枝先へ樹液を送り届けようとします。
その鼓動は大気を震わせて、
じわじわと森全体を春へといざなってゆくのです。

それはまた同時に、
刻々と移り変わってゆく色となって、
森を染めあげてゆきます。
芽吹き前の芽鱗の赤、
芽吹き直後の萌葱色、
アブラチャンやサンシュの黄色、
そして常緑樹の濃い緑、淡い黄緑……。
これらが微妙にその色合いを変化させながら、
重なり合い
融け込み合って、
樹林を縫いながら
やがて霞みとなって広がってゆくのです。

こうして、
いままで単調な色に彩られていた森が、
うっすらとニュアンスのある、
それこそ名もない
不思議な色合いで染められてゆく様を見ていると、
「*スプリングエフェメラル」という言葉は、
野の花や蝶だけでなく、
この早春の時期に森が見せる、
一瞬の色の移ろいも表わしているのかもしれない、
などと思えてくるのです。

目を凝らして見ているうちに、
森のそこかしこに、
あの樹木の陰に、
あの小屋の裏手に、
ほんのりと色のついたオーガンジーのヴェールを纏って
森の妖精たちが隠れているような、
そんな気がしてくるのです。
それほどにもこの時期の森の色は、
儚くて、美しくて、
わたしの心を惹きつけてやまないのです。

軽井沢の遅い春だからこそ、
刹那の一時いっときに繰り広げられる
この自然の営みを
しずく一滴たりともこぼさずに愛でていたい。
そう思いながら、今日もわたしは、
森の中で時間を紡いでゆくのです。

 

*スプリングエフェメラル(春の儚い命):早春の落葉樹の開葉前に姿を現し、落葉樹の葉の展開が終わる晩春には姿を隠してしまう植物や動物のことをいう。(goo辞書より)

おすすめ